Research

2. 酵母アミノ酸輸送体の機能解析

2.1 トリプトファン輸送体Tat2の機能解析

  出芽酵母は24個のアミノ酸輸送体とそのホモログを持っています(図1)。トリプトファンは20種類のアミノ酸の中で最も大きく、天然における存在割合が最も少ない希少アミノ酸です。トリプトファン1モルを生合成するには76モルものATPを要するので、野生型酵母のようにトリプトファン合成経路を持っていたとしても、細胞外から取り込んだ方がエネルギーの節約になります。しかし、酵母のトリプトファン輸送は“細胞のアキレス腱”と言われるほどストレスに脆弱で、トリプトファン要求株の増殖は制限されます。酵母は低親和性トリプトファン輸送(取り込みに高濃度のトリプトファンを要する)を担うTat1と高親和性輸送(低濃度のトリプトファンでも取り込める)を担うTat2という2つの輸送体を持ちます。ストレス耐性に特に重要なのはTat2で、その高発現によりトリプトファン要求株が示すストレス感受性から回復する場合があります。


 酵母のアミノ酸輸送体はamino acid-polyamine-organocation(APC)スーパーファミリーに属する12回膜貫通型(TMD)タンパク質で、細胞膜を介したプロトン濃度勾配と共役し基質を取り込みます。APCスーパーファミリーとしては、大腸菌のアルギニン・アグマチンアンチポーターAdiCでX線結晶構造が解かれています(Gao et al., Nature 2010)。それを鋳型にTat2の構造をホモロジーモデリングで予測したのが図2です。15個のアミノ酸残基は、エラープローンPCRや部位特異的変異導入法により明らかになった高親和性輸送を担う重要な残基です。それらの多くはトリプトファン分子のtrajectory(通り道)に存在し、他のアミノ酸に置換するとTat2は輸送能を失います(Kanda and Abe, Biochemistry 2013)。286番目のGlu(E286, TMD6内)は酵母の全てのアミノ酸輸送体で保存されている重要な残基です。E286の側鎖がプロトン化することでTat2は構造変化を引き起こし、基質結合が可能になるものと考えられます。興味深いことに、すぐ隣の285番目のIleがThrやValに置換すると(それぞれI285TとI285V)、トリプトファンへの親和性が劇的に向上します(Amano et al., Biophys. Biochem. Res. Commun. 2019)。Ile>Valの置換はメチレン基わずか1個の減少にすぎませんが、E286のプロトン化に何らかの正の影響を及ぼしているのかもしれません。

 Tat2で重要な15個のアミノ酸残基の相同部位をTat1で置換したところ、意外にも低親和性トリプトファン輸送に不可欠なアミノ酸残基は6個だけでした。言い換えると、Tat2はごくわずかに存在するトリプトファンを効率よく認識するため、3次元的に厳密に構築されているものと考えられます。


図1.酵母のアミノ酸輸送体とペプチド輸送体図2.酵母トリプトファン輸送体Tat2の構造モデル




2.2 その他の輸送体の機能解析

  MCT10 はヒトのモノカルボン酸輸送体ファミリーに属する膜タンパク質で、小腸上皮細胞で高発現するトリプトファン輸送体です。酵母のTAT2遺伝子の破壊株が低濃度トリプトファン培地で生育できないことを利用し、酵母を用いたMCT10機能のアッセイ系を構築しました。これを利用して、1000 Genome Projectデータベースに登録されているMCT10の22種類のミスセンス変異を調べ、Asn81>Lys (N81K)変異ではトリプトファン輸送能が完全に失われることがわかりました(Uemura et al., Biochim. Biophys. Acta, 2017)。ヒト培養細胞を用いた検証は今後の課題であるものの、酵母を用いた本アッセイ系がMCT10の機能解析に有効であることが示されたと言えます。


 トリプトファン以外に、ロイシンなど分岐鎖アミノ酸の輸送体Bap2やジ・トリペプチドを輸送するPtr2についても解析しています。Bap2による3H標識ロイシン取り込みの競合阻害実験を行い、Bap2の基質選択性を推定しました。非標識のバリン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン、メチオニン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシンあるいはトリプトファンの共存下で取り込みを調べたところ、阻害効果は各アミノ酸の水−オクタノール分配係数(logP値)と相関し、より疎水的なアミノ酸ほどロイシンの取り込みを阻害しました (Usami et al., Biochim. Biophys. Acta 2014)。このことは、Bap2がアミノ酸側鎖の構造を認識しているのではなく、より疎水的なアミノ酸ほど基質ポケットに分配されやすい可能性を示唆し、基質認識における新たなモードの存在が明らかとなりました(図3)。興味深いことにこのlogPルールから外れた唯一のアミノ酸がトリプトファンでした。


 ペプチド輸送体Ptr2については、構造ホモログである連鎖球菌のPepTStの立体構造を鋳型としたモデリングを行い、機能予測を行いました。すなわち、基質結合やゲートの構造に重要と考えられるアミノ酸残基に変異を導入することで、14個の必須アミノ酸残基を見いだしました。さらに、N末端の16, 27および34番目のリジン残基がRsp5によりユビキチン化されること、そして、基質結合に失陥のある変異型Ptr2が野生型よりも速く分解されることを明らかにしました (Kawai et al., Eukaryot. Cell 2014)。


図3.酵母ロイシン輸送体Bap2の基質認識モデル