Research

6. ナノ秒蛍光偏光解消法を用いた生体膜ダイナミクスの研究

 生体膜は細胞やオルガネラを区画化するとともに膜タンパク質に機能の場を与えます。特定の化学物質を透過したり、膜融合やエンドサイトーシスではダイナミックに変化したりと大変いそがしい構造体です。生化学的解析から推し量ることのできない膜の動態は、近年FRETやFRAP、FCSや一分子イメージングなど高度な技術を駆使した手法により明らかにされ始めています。では、生体分子の“動き”を定量化できたらマクロな生命現象をどのくらい説明できるのでしょう?私たちは、蛍光偏光解消法をナノ秒の時間分解能で実現しこの問題に取り組んでいます。ナノ秒は、数nm分子の回転ブラウン運動をとらえられる時間スケールです。また、蛍光法の多くが“強度”に着目した技法であるのに対し、時間分解測定はもう一つの側面、“蛍光寿命”に着目します。

 TMA-DPH (1-[4-(trimethylamino)phenyl]- 6-phenyl-1,3,5-hexatriene)はDPH (1,6-diphenyl-1,2,5-hexatriene)の誘導体で、分子末端に正電荷を持つ偏光性の高い蛍光プローブです。生細胞に投与すると細胞膜外層にアンカーされるので、リン脂質頭部直下の物性をモニターすることができます。私たちは酵母菌や深海の好圧性細菌を主な実験材料とし、野生株と各種変異株の形質を膜物性と対比させてきました(図1)。


 エルゴステロールは酵母細胞膜の主要成分で、細胞膜に剛直性をもたらします。後期合成過程は必須ではなく、erg6, erg2, erg3, erg5およびerg4破壊株は生育可能です。しかしこれらの変異株はシクロヘキシミドなどの薬剤や一価カチオン、あるいは高水圧や低温といったさまざまな外部因子に超感受性を示すのです。特に顕著な表現型を示すerg2破壊株では、細胞膜の秩序因子(S, order parameter)が低下し、脂質アシル鎖の回転拡散係数(Dw, Rotational diffusion coefficient)が増大していました。つまりエルゴステロールが他の誘導体に置換することで、細胞膜の剛直性が著しく低下していたのです。erg2膜に蓄積するステロール誘導体はB環の二重結合を一つ欠きます。おそらくその結果、平面状であるはずのステロール環がたわんでbulkyな構造をとり、膜の剛直性に負の効果をもたらしたのではないかと考えています。詳細はPublication内の次の論文をご覧下さい(Abe and HIraki, Biochim. Biophys. Acta 2009; Abe et al. Biochemistry 2009; Usui et al. Biochim. Biophys. Acta 2013)。